2024年7月に、和歌山市様、紀陽情報システム株式会社様、弊社の3者により、Oracle Cloud Infrastructure(OCI)を利用した基幹業務システムのガバメントクラウドへの移行、及び共同研究の開始についてプレスリリースをさせていただきました。そこでは今後の連携強化の一環として、1.標準準拠システムの各種費用について、ガバメントクラウドを活用した費用低減策の可視化 2. 標準準拠システムのモダン化の効果 のふたつのテーマについて共同研究を進めていくことについても発表されています。本記事ではその共同研究の具体的な内容及び成果につきまして、3者による座談会形式により全2回にわたってお届けします。
(2024年11月29日和歌山市役所にて撮影・収録)
紀陽情報システム・辻氏:1点目にIaC(Infrastructure as Code)で基盤構築ができることによる効果があります。これまで、インフラ関連の技術をもったSEが現地まで移動しサーバーに向かって1つ1つ作業していたものが、コードベースに置き換わりました。さらにガバメントクラウドでの作業はすべてオンラインで完結できます。これはシステムを導入するベンダーとしては大きな効果があります。特に今回は共同利用方式として、同様の基盤を複数自治体様分作成することになりますので、1度作成したコードを何度も流用できますし、また今後設定の変更や追加があった際にもぶれなく対応することが可能で、多くの設定情報を一元的に管理できます。このあたりシステム導入・保守においてIaCは非常に効果があるものと思います。ただし、IaCの第1版を作成するにあたっては、今回当社も初めての取り組みということもあり、相応の技術力を持ったメンバーでも、かなりの工数がかかっていますし、現場の苦労話としてはたくさんあります。
オラクル・細野:実際弊社のコンサルティング・サービス部門による支援の多くは、IaCの初版作成のところだったと思います。
司会:IaCによる基盤構築の工数削減はわかりやすいところかと思いますが、初版の作成が大変という話がありました。今回紀陽情報システム様は25団体が利用団体となりますが、だいたい何団体くらいが損益分岐点になりますか。
また、逆にIaC活用のデメリットやリスクといったものはあるのでしょうか。
紀陽情報システム・辻氏:5団体くらい導入すれば十分元がとれるのではないでしょうか。現在、IaCはようやく形になってきたところです。弊社は、パッケージ開発元ベンダーにて開発したIaCを弊社開発環境に適用するために、設定値の修正や、作業手順の見直しなど、適用時に発生するエラー等を解消するための試行錯誤を繰り返してきました。まだ完成版とは言えないところですが、ここに至るまで、弊社側だけでも3人月程度の工数がかかっています。完成までまだもうしばらくかかると思いますが、確定版が完成すれば、インフラ基盤のベースはIaCにより構築できることになります。これまで和歌山市様においては約3人月かかっていたインフラ基盤の構築作業は、0.5人月から1人月程度に工数を削減できるものと想定しています。さらに他の自治体様にもこれを流用し、同一の環境を画一的にミスなく展開していくことができます。それとデメリットやリスクで言えば、IaCを活用しインフラ基盤の構築を自動化することにより、技術的な勉強、経験の機会の維持・確保が難しくなる点があげられると思います。当社としては、IaCで容易に構成できるがゆえに、技術者のレベルが低下することがないようにしていく必要はあります。
司会:ありがとうございます。IaC以外の効果についても触れていただければと思います。
紀陽情報システム・辻氏:はい。2点目にマネージドサービスの利用による効果があげられます。例えば、セキュリティ面において、クラウドサービスはオンプレミスでは対応しきれないようなサービスを提供してくれます。パブリッククラウドの基盤を使うので、当然といえば当然かもしれませんが、これらのレベルのセキュリティをオンプレミスで確保することは非常に困難です。また今回、データベースはADBでフルマネージド化される予定です。これまではDBの高可用性のためにOracle Real Application Clusters(Oracle RAC)を構成する必要があり、インフラ担当メンバーが現場で何日もかかって作業していたものをIaCで構成することができます。さらにADBはOracleRACと同等以上の耐障害性・高可用性を容易に提供してくれます。
オラクル・細野:従量課金による利用時間の柔軟性、クイックなプロビジョニング、資産として保有しない点など、いわゆるパブリッククラウドを利用することのメリットに加え、それ以上にモダン化することにより、OSやミドルウェアをブラックボックス化することもできます。特にOCIであれば、やはり辻様も述べていただいたADBになります。SaaSのように利用できるフルマネージドのDBであり、最高レベルのセキュリティ、可用性、拡張性を備えております。パッチ適用からバックアップ、拡張、障害退避まで自動化していることもあり、コストという観点で運用時に最大化できると考えます。モダン化自体は一見すると初期費用が上がっているように思えますが、各種コンポーネント(OSやライセンスはもちろんDBサーバーまで)含まれていることから、比較するには注意が必要ですし、運用コストの削減が重要であると考えております。
和歌山市・小松氏:今回ガバメントクラウドを利用する目的として、セキュリティレベルの向上とシステム運用の自動化、パフォーマンスの最適化があると認識しています。今回の共同研究で導入するシステムは、現行のシステム構成と比較して、全く別物と感じるくらい作り直しがされています。ただ自治体目線としては、このタイミングで作り直すチャレンジ精神を称賛するとともに、システムの安定稼働が担保されるのかといった観点が重要になります。モダン化だけではなくパッケージの作り直し(クラウド最適化)も含めて行うことが必要であり、それによってコスト削減と現行システム同等のシステム品質を同時に確保できることを訴求していくことが大事だと思います。
司会:モダン化しても安定稼働しなければ意味がない、という部分はまさにおっしゃるとおりかと思います。辻様そのあたり如何でしょうか。
紀陽情報システム・辻氏: クラウドネイティブなサービスやオープンソースソフトウェア(OSS)の組み合わせ等により、現行システムと比較して構成がかなり複雑になりつつあり、その結果として開発に苦戦しているのは事実だと思います。クラウドネイティブなアプリを作るのは言うほど簡単ではありません。安定稼働という意味では、障害発生時においても様々なサービスを組み合わせているので、どこに不具合があるのか切り分けるのも難しくなることが想定されます。システム開発の遅延等に伴い、和歌山市様の住基系システムは当初予定の2025年1月から約8カ月延伸させていただき、2025年9月に本番稼働を予定しております。システムの安定稼働にむけて、これからデータ移行作業や標準準拠システムのテストに取り組んでいきます。
和歌山市・小松氏:モダン化とかマイクロサービスという言葉が独り歩きして、全てが簡単にできるという話になりがちなので、今の話は非常に興味深いですね。開発現場の話がなかなか我々には伝わってこないので、このあたりは別途深堀りしたいです。
和歌山市・小松氏:個々の自治体で、リソースやパフォーマンスの最適化を考えていくことも重要ですが、共同利用方式の特徴を最大限にすることを考えていくことも重要であると考えています。例えば、検証環境は、各システムで利用している時間もバラバラであり、中には数か月利用実績のないものもあり、本当に全てのシステムでこの環境が必要か、検証環境の稼働時間自体を短縮できないか、まだまだ検討する余地があります。また、必要であったとしても、検証環境自体を共同利用方式の枠内にある自治体で共同利用できれば、コスト削減に繋がるはずだと思います。 またクラウドが従量課金であることを考えると、夜間バッチを日中に実施するなどしてサービスを停止できる時間を確保することもコスト削減につながります。
オラクル・細野:自治体の基幹システムという特性上、こまめに起動停止を繰り返す運用は向いていないかもしれないですが団体が標準化して共同利用しやすい環境になれば、リソースをシェアしてマルチテナント型で運用することができること、さらに導入時のコストもIaCや既存の共同利用環境から払い出すことなどが実現できれば早期に安価に新規団体、または新規業務を追加することができるかと思います。この辺りがモダン化のメリットだと考えています。
和歌山市・小松氏:2025年度末の移行目標という期限を考えると、自治体として打つ手は限られているというのが正直なところかと思います。むしろ2025年以降の5年、10年を見据えてやるべきことは、共同利用方式の特徴を最大限に生かしていくことだと思います。共同利用方式とは、複数の自治体が同じ構成でシステムを利用することです。例えば、今までは各自治体で法改正プログラムの適用を、個別にスケジュール調整したうえで、適用し検証することを行っていましたが、今後は複数の自治体を一定程度まとめて適用、検証することにより、対応するエンジニアの人数、時間を短縮できるのではないか。また、複数の自治体へのシステム対応が必要となれば、クラウドに適した自動化処理が進んでいくのではないでしょうか。
オラクル・細野:いうなればSaaS化ということですよね。
和歌山市・小松氏:その通りです。「この自治体が属する共同利用ではこういう仕様・サービスです」と宣言(公開)し、各団体はそれにあわせていく。基幹系システムだけはいつまでも手数をかけてよいという発想から抜け出す必要があると思います。 このようなことをやっていくには、共同利用方式の枠内にある自治体と事業者で、協議会なり、検討会を設置し、議論を交わすことが必要であり、自治体側も事業者側の人口減を認識し、今までの運用を見直す必要が出てきます。業務運用を把握している自治体と、システムに精通した事業者双方で検討しなければ、この問題に対応することは困難だと思います。そしてこうした取組みの先に、標準化の政策的意義である2040年問題、自治体職員の人口減への対応策があるのではと考えています。
紀陽情報システム・辻氏:ガバメントクラウドへの移行はまだこれからですので、実際に運用してみれば、想定していなかった改善点や課題も見えてくるものと思います。将来的には小松様の発言にもあるように共同利用方式であるからこそ、共通化できるもの、削減できるもの、自動化できるものに取り組んでいければと思います。稼働時間についても、本番稼働後システムが安定してくれば、改善点もおのずと見えてくることでしょう。弊社としましても、弊社の共同利用方式でシステムを運用させていただく、自治体様と協議してよりよい方向性を見つけ出して改善していける将来は望ましい姿になります。 今回のガバメントクラウド移行を契機に、システムの保守・運用に係るコストを削 減し、お客様とのコミュニケーションや新しい取り組みに人的資源をより多く投 下できるようにしていきたいと思います。
オラクル・細野:今回、このような形で自治体・ASP・CSPの3者が標準化・ガバメントクラウドをキーワードにして共同研究できていることはありがたいと思っております。CSPとしても自治体、ASPにより良い使い方、使われ方を意識して展開すべきだし、良い事例を横展開していくことが使命であると考えます。運用の中で見えてくる期待と課題を整理して更なる効果を発揮できるように努めてまいります。
小松 亮氏
和歌山市総務局 総務部デジタル推進課 システム班長
民間企業での勤務後、平成18年和歌山市役所入庁。市民税課、総務省地域情報政策室、情報システム課、国保年金課を経て、令和5年4月からデジタル推進課(旧情報システム課)システム班長に着任。庁内の基幹系システムの運用管理、標準化・ガバメントクラウドを担当。令和6年からは、デジタル庁のデジタル改革共創プラットフォームのアンバサダーを務める。
辻 宏幸氏
紀陽情報システム株式会社 公共事業部公共システム開発二部 部長
2001年の入社以来、約20年間は金融部門で銀行の勘定系システムをはじめとした関連システムの開発・保守や業務システムの企画・推進等に従事。2020年10月より公共部門に異動になり、保健所向け生活衛生システムや、一般企業向け案件の対応に従事しながら、自治体の基幹業務システムとのかかわりを持ち始める。2023年4月から公共部門において、本格的に標準化移行推進のプロジェクトを開始したことに伴い、自治体基幹業務システムの担当部署に異動になり、現在、地方自治体システムの標準化・ガバメントクラウドへの移行に向けて推進中。
細野 彰則
日本オラクル株式会社 クラウド事業統括 公共・社会基盤営業統括 公共営業本部 デジタル・ガバメント推進部 部長
高山 聖/事業戦略統括 戦略事業推進本部 担当シニアディレクター
費用低減の可視化の具体的な方法とその結果は?