エンジニアは準備万端です。テストを設定します。ボタンが押されると、轟音が鳴り響きます。わずか1年余りのエンジニアリングと創作の末に、F1レーシングカー用の新型エンジンに命が吹き込まれます。
クラウドベースのスーパーコンピューターの支援を得て、Oracle Red Bull Racingの2026年型自動車用の新しいパワー・ユニットを開発するチームが、わずか1年余りで新しいエンジンのプロトタイプを最初から設計および製作するという快挙を成し遂げました。実際、このチームはエンジン、ターボチャージャー、ハイブリッド・システムといったパワー・ユニット全体を作り上げています。
Red Bull Ford Powertrainsと呼ばれる開発組織は、この取り組みの重大さを理解しています。レーシング・パフォーマンスの最高峰であるF1で使用する新しいレース・カー用のパワー・ユニットの設計と製造を、4年足らずで行っているのです。これに対し、ほとんどの自動車エンジン開発プログラムでは、同じ目的を達成するまでに2倍近い時間がかかります。しかも、既存のエンジン設計チームも、エンジニアリング・シミュレーションを実行するデータセンターも、すべてを製造する工場もない状態からスタートしたのです。
その開発スピードには、コンピューティングの要素が不可欠です。Red Bull Ford Powertrainsはオラクルのクラウド・ベースの高パフォーマンス・コンピューティング(HPC)容量を利用することで、大規模なデータセンターを構築する必要なく、エンジニアリング・シミュレーションを開始することができました。クラウド・インフラストラクチャを使用して、そのレベルの計算集約的な作業を行うことで、時間とコストを大幅に削減することができます。Red Bull Ford Powertrainsの場合と同様に、クラウドベースの高パフォーマンス・コンピューティングは、他の業界においても、より多くの人々や組織がエンジニアリングや設計における素晴らしい偉業への取り組みを可能にするでしょう。
Red Bull Ford Powertrainsは、新しいハイブリッド・エンジン設計とサステナブルな燃料要件が導入される2026年のF1シーズンに間に合うよう、新しいパワーユニットの設計と製造を行っています。現在、チームには2026年型エンジンの実用的なプロトタイプが完成していますが、その後継機がサーキットを走るまでには、信頼性を確保するための何千時間ものリグテストはもちろんのこと、まだ多くの反復とさらなる開発が必要です。2022年F1選手権のディフェンディング・チャンピオンであるOracle Red Bull Racingにとって、成功の究極の指標はドライバーおよびチーム・ランキングの首位であることのみです。
「Red Bullは、チャンピオンシップで勝つことができるパワーユニットを提供するために必要となるあらゆる要件を満たすつもりです」と、Oracle Red Bull RacingのCIOとして、この作業の背後にあるコンピューティング・チームを率いるMatt Cadieux氏は語ります。「そして、それはエキサイティングであり、困難であり、ストレスフルなことでもあります。」
Oracle Red Bull Racingが独自のパワーユニットを製造するという意思決定をしたのは、同チームのエンジン・メーカーであったホンダが2021年にF1レースからの引退を発表したことが発端となりました。複数のメーカーと協議を重ねた結果、Oracle Red Bull Racingは、既存のエンジン・メーカーからパワー・ユニットを購入するのではなく、自社で設計および製造するという前代未聞の決断を下しました。同社ははまもなく、Ford Motor Companyと戦略的パートナーシップを締結し、そのEV開発、制御、バッテリーテクノロジーに関する豊富な専門知識を活用して開発プログラムをサポートしていくことになりました。
意思決定がなされ、作業が開始しました。意思決定がなされ、作業が開始しました。Red Bull Ford Powertrainsは、エキスパート・エンジニアを配備し、エンジンやその他のコンポーネントを組み立ててテストするための施設を建設して、F1の厳しい要件を満たしながらパワー・ユニットを最適化するために必要となる高度なモデルとエンジニアリング・シミュレーションを実行するために必要なコンピューティング能力を導入しました。
Red Bull Ford Powertrains のエンジニアと設計者は、クラウド上の高パフォーマンス・コンピューティング・クラスタを使用して、Red Bullが所有する両チーム(Oracle Red Bull RacingとScuderia AlphaTauri)の新エンジンの可能な設計をシミュレーションしています。
ベアメタル・サーバーのクラスタ上の Oracle Cloud Infrastructure(OCI)でホストされるこのワークロードは、動力装置の内燃エンジン部分の最も複雑な設計のいくつかに情報を提供するために、数値流体力学(CFD)モデルを繰り返し反復することに重点を置いています。これには、燃料噴霧パターン、燃焼パフォーマンス、シリンダー内部のシェイプがこれらにどのような影響を与え、どのように最適化すれば最大のパフォーマンスを発揮できるかといったことのシミュレーションも含まれます。
チーム・メンバーはクルマの詳細な数学的モデルを構築し、多数の変数に初期値を設定してシミュレーションを実行します。エンジニアはそのシミュレーションの分析に基づいて、モデルを調整したり、値の一部を微調整して、再度同じシミュレーションを何度も繰り返し実行します。
自動車メーカーをはじめとするエンジニアリング集約的な企業には、独自の高パフォーマンス・コンピューティング環境がありますが、オンプレミスのデータセンターを新たに構築し、機器を設置するには何カ月もかかるため、貴重な時間を損失し、設計作業の開始を遅らせていました。代わりにOCIを使用することで、Red Bull Ford Powertrainsはすぐに作業を開始することができました。さらに、初期の段階では、シミュレーション・パフォーマンスを最大化するための最適なシステム構成が確定していませんでした。OCIを使用することで、さまざまなコンピューティング・シェイプや 構成を評価する柔軟性を得ることができました。
「私たちは、ハードウェアを購入し、箱から取り出し、ラックに入れ、ネットワークに接続し、ソフトウェアをロードするという時間のかかる作業を必要とせずに、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせやさまざまなHPCのシェイプを試すことができました」と、Cadieux氏は語ります。
パワー・ユニットの開発決断は、Red Bull Ford Powertrainsのような新しい組織にとって大きな飛躍です。そうすることで、F1で何十年もの経験を持つライバル・メーカーに挑むことになります。しかし、エンジニアリング・チームは成功へのプレッシャーを感じる一方で、サポートされているとも感じています。ミッションは明確で、コンピューティング・インフラストラクチャやその他のツールも整備されています。Cadieux氏は、このアプローチはRed Bullの哲学に合っていると述べています。
「非常に優秀な人材に仕事をするためのツールを与えれば、成功への道筋をつけることができ、彼らの想像力、革新性、そして勝利に向かう能力に翼を与えることができるのです。」同氏は語ります。
F1の統括団体である 国際自動車連盟(FIA)は、数年ごとにF1チャンピオンシップ・カーの仕様を改定しています。そうした仕様には、車両のシェイプや重量、安全装備など、さまざまな要素が含まれます。FIAはパワー・ユニットに関するレギュレーションを変更することもありますが、開発には長い時間と費用がかかるため、それほど頻繁には行われません。この分野における最新の大きなレギュレーション変更は2014年に行われ、次世代パワー・ユニットは2026年シーズンにデビューすることになっています。
勝利を収めるF1エンジンは、エンジンに噴射された燃料を効率的に燃焼させ、最大限のパフォーマンスを引き出すことが必要とされます。Red Bull Ford Powertrainsのシニア・パフォーマンス・シミュレーション・エンジニアであるDeclan Ward氏は、詳細な解析と3Dモデリングを行い、燃料吸気システムが適切な方法で燃料を気化および混合し、燃焼のために正確に適切な場所に適切な量の燃料を噴霧することを確認する方法を説明します。
「各シリンダー内のすべてのサイクルにおいて、すべての燃料が燃焼時に使用可能であることを確実にする必要があります」同氏は述べます。「噴射イベントや噴霧パターンを誤った燃料の中には、排気システムで失われるものもあります。」
F1レースカーの仕様は非常に詳細ではあるものの、パワー・ユニットの設計には、材料の選択(スチール、チタン、アルミニウム合金は様々な場所で使用可能)、燃料の燃焼速度、潤滑、排気システムなど、依然として多くの意思決定が必要です。
Red Bull Ford Powertrainsのエンジニアは、OCIを使用して、これらの変数を評価するための設計とシミュレーション作業のために、複数の数値流体力学ソフトウェア・パッケージを実行しています。その1つが,Convergent Scienceが提供する人気のCFDパッケージであるCONVERGEで、内燃エンジン、燃料インジェクタと噴霧、排気など、F1の設計者が関心を持つ分野の構成が含まれています。チームはCONVERGEを熱力学、吸気系燃焼、排気系、燃料変換シミュレーションに使用しています。
また、ターボチャージャーの設計とシミュレーションのためのCFDに、SiemensのSimcenter STAR-CCM+も使用しています。
CFDのような計算集約型のソフトウェアを実行する場合、スピードが重視されるため、最新のハードウェアの確保と適切なプロセッサの選択が重要です。OCIが2022年12月にチームを最新世代のプロセッサに移行したところ、パフォーマンスが10%向上しました。顧客の視点から見ると、OCI上にハードウェアのアップグレードを実装することは、顧客のデータセンターで実装するよりも、プロジェクトとしてはるかに簡単です。
OCIはまた、Red Bull Ford Powertrainsが、まだ要件が進化途上であるエンジニアリング・プログラムの初期に多額の先行投資をするのではなく、必要となるコンピューティング能力のみに投資できるようにしました。2021年半ばにこの取り組みを始めたときは、コンピューティングは小規模なものだったとCaDieux氏は語ります。しかし、Red Bull Technology Campusの新しいビルに移転して以来、チームは大規模な採用活動を推進しました。「最初は比較的少数のOCIコンピュート・リソースを使用していました」同氏は述べます。「しかし、チームが成長し始め、モデルの高度化が進むにつれて、需要の増加に対応するため、段階的にOCIリソースを容易かつ迅速にプロビジョニングすることができました。OCIは、チームに必要となるアジリティおよび必要な分だけを支払う財務モデルを提供しました。」
“Red Bullのカルチャーは、適切な人材を招き入れ、適切なツールで能力を発揮させることです。私たちはそのようなオープンな考え方でパワートレインにアプローチし、最高のテクノロジーにたどり着いたことで、従業員に仕事に最適なツールを提供できるようになりました。それこそがRed Bull流なのです。」
高パフォーマンスなコンピューティング・クラスタの構築は、標準のレシピに従うよりも複雑で、クラスタは数百台のサーバーで構成され、それぞれにマルチコアCPUとGPU、メモリ、キャッシュ、ストレージ、およびチップ間とサーバー間の広帯域幅の相互接続が必要になる場合があります。Red Bull Ford Powertrainsのチームは、オラクルのシミュレーション・ソフトウェア・プロバイダーとの既存の関係を活用して、特定のワークロードに最適なプロセッサ、GPU、メモリの決定を支援することができました。
オンプレミスでHPCクラスタを構築するには、さまざまな種類のハードウェアの膨大な在庫と、それらを再構成し、ソフトウェアを再インストールして調整する手作業が必要となります。しかし、オラクルとソフトウェア・プロバイダーが既に有していたOCIに関するナレッジを利用することで、Red Bull Ford Powertrainsのエンジニアは「高いパフォーマンスが得られる点に迅速に集中することができました」とCadieux氏は述べます。
エンジニアがそうした点に集中してから、チームは約1週間で本番レベルのHPCクラスタ構成を実行できるようになりました。「私たちにとって、ハードウェアの箱を開け、すべてを接続し、画像化する作業には1カ月を要したでしょう」Cadieux氏は語ります。「それが、Oracle Cloudで魔法のように実現し、そうしたことを考える必要もありませんでした。」
2023年半ば現在、Red Bull Ford Powertrainsは、パワー・ユニットの設計を完成させ、2026年のシーズンに向けて製造するために、モデル、設計、シミュレーション、テストを繰り返しています。
「OEMの威力に立ち向かうのですから、F1のパワー・ユニットにおける私たちはまるでダビデ対ゴリアテのようです」Cadieux氏はレース・チームでお馴染みのエンジン・メーカーについて言及して、そう語ります。
OCIの高パフォーマンス・コンピューティング上で動作する最適なエンジニアリング・ソフトウェアを備えたRed Bull Ford Powertrainsチームは、この挑戦を喜ばしく思っています。
「Red Bullのカルチャーは、適切な人材を招き入れ、適切なツールで能力を発揮させることです。」シミュレーション・エンジニアのWard氏は述べます。「私たちはそのようなオープンな考え方でパワートレインにアプローチし、最高のテクノロジーにたどり着いたことで、従業員に仕事に最適なツールを提供できるようになりました。それこそがRed Bull流なのです。」
強力なCFDソフトウェアと最先端のCPUおよびGPUを備えたクラウドにおける高パフォーマンス・コンピューティング・クラスタの使用方法をご覧ください。
クラウドベースの高パフォーマンス・コンピューティングは、高度なコンピュート、ストレージ、ネットワーキング、ソフトウェア・テクノロジーを予測可能なコストで提供し、オンプレミスのレベルを上回るパフォーマンスを実現します。