日本オラクル特集記事

経営者を納得させるデジタル戦略への投資

-ITR 社長 内山氏に聞く

企業が競争力を得るために、デジタル・イノベーションが必要となっている。ITを活用し業務の効率化をするのはもはや当たり前で、デジタル化を積極的に進め新たな価値を得てビジネスを拡大する。そのために企業はいったいどのようにデジタル・イノベーションに取り組めばいいのか。デジタル化やIT投資の方向性などに知見を持つ、企業のIT戦略アドバイザーであるITRの代表取締役社長 内山悟志氏に話を聞いた。

欧米ではCIOが代わるとITインフラをゼロから作り直すことも
――企業がデジタル戦略を考える上で、IT投資をどのように捉えればいいでしょうか?

(内山氏)デジタル化の戦略を進めるには、IT投資のあり方をこれまでとは変えなければなりません。しかし、多くの企業がそのための準備ができていません。日産のようにコスト削減に注力して結果を出し、いよいよイノベーションに着手する企業もあります。一方で変革のための地固めに手間取り、なかなか進んでいない企業が多いのも現状です。

デジタル化を進めるとしても、ビジネスを支える基幹系システムが重要なのは変わりません。これをきちんと運用するには、それなりのお金と労力が必要になります。とはいえ、基幹系システムに対しこれまでと同じ運用を行っていては、新たなデジタル化への投資に回せる余力は生まれません。

そのため、まず既存のITインフラを変革します。買収や企業統合などの環境変化があっても、それに耐えうる柔軟なインフラにする必要があります。欧米などではCIO(最高情報責任者)が交代すると、ITインフラをゼロから作り直すこともあります。日本は既存の仕組みを継承し付け足すことが多いので、複雑化しイノベーションを行おうとしても大きな手間がかかります。

なんとか柔軟性のあるITインフラになったら、次はデジタル・トランスフォーメーションの準備です。その1つがSoE(System of Engagement)への取り組みです。基幹系システムに代表される従来のSoR(System of Record)と、デジタル化で顧客との関係性を強化するSoEでは、システムの性格も大きく異なります。開発もSoEは最初に仕様をきっちりと決めてから進めるウォーターフォール型ではなく、スタート時は目標の50点程度の出来でもいいので、素早くプロトタイプを作り徐々に進化させるアジャイル型が向いています。またSoEでは、お金のかけ方も変わります。開発を行う人材に求められるスキルも違います。


クラウドはコスト削減よりもすぐに試せて実現できるところに価値があり、それが、経営者に十分に伝わっていないと語るITR社長の内山氏

――具体的にはどのようなアプローチをとればいいのでしょうか

(内山氏)デジタル・イノベーションを起こすSoEには、4つの特長があります。1つがSoEでは最初に「要件が決まらない」ことです。2つめが複数の技術を組み合わせて実現する「オープンイノベーション」で取り組むことです。3つめはプロトタイプを作り顧客からのフィードバックを反映させるサイクルを短い期間で繰り返す「リーンスタートアップ」、そして4つめが「APIエコノミー」で既存アプリケーションやサービスを取り込むことです。これら4つの特長をシステム要件とすると、オンプレミスよりクラウドのほうが合っています。

クラウドの本来の価値が経営者に伝わっていない
――SoEを実現するためのプラットフォームは、クラウドが向いているのは理解できます。しかし、多くの企業ではSoEの実現手段としてではなく、コスト削減などクラウドそのものを目的化していませんか?

(内山氏)クラウドの目的化は、さすがにIT部門の担当者では少ないでしょう。とはいえ、経営者はコスト削減やITのオフバランス(資産から経費化)の手段としてしかクラウドを見ていないことがあります。本来クラウドは、コスト削減などよりも速く実現できること、すぐに試せるところに価値があります。それが、経営者に十分に伝わっていないのです。

これはIT部門の力不足でもあり、経営者の理解不足でもあるでしょう。これまでも、経営者がITの重要性を認識しないとIT業界全体が良くならないとずっと話してきました。しかしこの状況はなかなか変わらない。相変わらず「ITのことはよく分からない」と言う経営者が多いのも事実です。

とはいえ、ここ最近になり潮目が変わってきました。ITが社内業務を動かす手段から、AIやIoTなどが話題となりビジネスを動かすものと認識されつつあります。SoRは成熟化し、それで他社に対する優位性を発揮するのは難しい。そこでSoEで変革や創造を実現し、業務を変える。そこがITの新たな主戦場になり、投資も今後はこちらが中心になります。システム・インテクレーターの売り上げも、SoEのほうが大きくなっていくはずです。

コスト削減で浮いた予算はビジネス成長への投資に
――実際に企業がデジタル・イノベーションに取り組むきっかけは?

(内山氏)経営者の号令で一気に始まる。あるいは、変革のための小さなタスクフォースを作り、そこから風穴を開けていくやり方もあります。伝統的な大企業は、トップダウンでやることが多いようです。とはいえ、経営者からはなかなか号令がかからないのが現状です。

日本では69%が現状を維持するIT投資で、新規投資は31%との数字があります。さらにその31%の新規投資の中で、ビジネス成長のための投資は32%しかない。つまりIT投資全体から見れば、ビジネスを伸ばすIT投資は1割未満で、これはかなり少ない数字です。デジタル・イノベーションを始めるには、維持するIT投資をスリム化しコストを浮かせ、浮いた分をイノベーションに回す必要があります。これが同時にできないと、「コスト削減ができて良かったね」で終わり、浮いた予算は召し上げられてしまう。経営者の理解を得て、浮かせた部分でIT戦略の軸足を移す必要があるのです。

年間500万円からはじめるデジタル・イノベーション
――SoEでデジタル・イノベーションを起こすための予算規模は、どのようにして決めればいいでしょうか?

(内山氏)デジタル・イノベーションの投資規模を想定するのは難しいです。そもそも、従来のROI(Return On Investment:投資対効果)をベースにした投資規模の考え方は、デジタル・イノベーションには合いません。デジタル・イノベーションの取り組みは、結果が思わしくなければ途中で辞めることもあります。RFP(Request For Proposal:提案依頼書)が書けるのは投資効果が見えやすいからで、SoEはROIが明確でなくRFPが書けません。

じゃあどうしたらいいのか、ITRではそれを企業から相談されることが増えました。そこで今、SoEでイノベーションを起こすための投資のあり方を企業と一緒に作っています。その中でだいぶ見えてきたのは、まずは小さくてもいいのでイノベーション投資枠を作ることです。

ある会社でイノベーションのタスクチームを作ったのですが、活動予算がなくメンバーが新たな技術の勉強すらできませんでした。それが年間500万円ほどの予算を確保したら、さまざまな活動ができるようになった。勉強のための出張も可能となり、社内のある部署でAIを試すといったことも実現したのです。

また、社内にイノベーション特区を作る「出島戦略」をとるところもあります。特区に予算と権限を与え、自由に動けるようにする。こういったものがないと、イノベーションの最初の一転がりがなかなか動き出しません。

デジタル・イノベーションでは、短いサイクルでプロジェクトと予算を回す必要があります。現在、ITRではそのための投資の枠組みを整備していて、具体的に数社と取り組んでいます。この新しい投資の枠組みについて、予算承認を行う経営者が理解する必要があるでしょう。

ROIをベースにしないイノベーション投資のやり方は、従来ビジネス部門にはなかったものです。ところが研究所といった組織では、似たような投資の仕方が昔からありました。なので、研究所の中にイノベーションのためのIT部門を持って行くのも1つの手です。イノベーションのために、最初に大規模な投資が必要になるわけではありません。かつて基幹システムをビッグ・バンでいれようとして失敗したケースもあることを考えれば、デジタル・イノベーションは遙かに小さな投資で始められます。

<後編に続く>